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記事: 贈り物のかたちは、なぜ変わってきたのか

贈り物のかたちは、なぜ変わってきたのか
ギフトカード

贈り物のかたちは、なぜ変わってきたのか

贈り物のかたちは、なぜ変わってきたのか

こんにちは。フルーツギフト専門店「蝶結び」、代表の杉下です。

「結婚祝いのお返しを探していて、消え物でも失礼にならないでしょうか」「両親世代の親戚にも、ギフトカードで大丈夫でしょうか」——そんなご相談を、商品ページからチャットやLINEでよくいただきます。フルーツを内祝いとしてお探しくださっている方とやり取りを重ねていると、ふと立ち止まられる瞬間があることに気づきます。「消え物でいいんだろうか」「形に残るものを選ぶべきだろうか」と。

そのお気持ちに触れていると、ふと自分のことを思い出しました。贈り物のかたちが時代とともに変わってきたという話を、僕自身の十数年前の結婚式から、祖父母の世代のタンスの奥に眠っていた、桐箱入りのお皿の話まで、内祝いとはあまり関係ないように見える話を経由して、戻ってきます。

スマートフォンで内祝いの「のし」を確認する場面

「消え物」への、ためらいのようなもの

内祝いをお探しのお客様の文面に感じること

蝶結びは、フルーツをギフトとしてのみ販売しているお店です。だから、商品ページを開いてくださる方は、ほぼ全員がどなたかへの贈り物としてフルーツをお探しになっています。そのなかでも、内祝いをお探しの方からのご相談には、少しだけ手を止められた気配を感じることがあります。

「ちゃんとしたもの」を選びたい気持ち

それは決して悪い感覚ではないと、いつも思います。むしろ、礼儀正しい方ほど感じやすいお気持ちなのかもしれません。「ちゃんとしたもの」「形に残るもの」を選ぼうとされる気持ちは、おそらく、いただいたお祝いへの感謝をきちんとしたかたちで返したいという、その方のまっすぐなお気持ちなのだと思います。

そのお気持ちのなかには、ご自身の親世代の感覚も少し混ざっておられるのかもしれない、とも思います。「形に残るもののほうが、より丁寧な気がする」という、なんとなくの感覚。

「形に残る」とは何だろう

ただ、その「形に残る」というのはどういうことなのだろう、と考えはじめると、答えはそんなに単純ではない気がしています。

たとえば、内祝いの定番と言われる食器類やタオル。家のどこかに置かれて、毎日使われるかもしれない。あるいは、しまわれたままになるかもしれない。「形に残る」というのは、ものとして残るのか、記憶として残るのか。そこの線は、思っているほどはっきりしていないのかもしれません。

だけど、かたちは変わっても、贈り物の本質はそれほど変わらないと、僕は思っています。

陶芸家の手による湯呑みや器

結婚式の引き出物を、陶芸家にお願いした話

十数年前の自分の結婚式

十数年前のことです。

自分の結婚式の引き出物を、知り合いの陶芸家さんに作っていただいた湯呑みやお皿にして、来てくださる方の人数分ご用意しました。

僕が呼びかけて、全国から新幹線や飛行機に乗って、あるいは仕事の調整をつけてまで集まってきてくれる。そういう機会というのは人生では2回しかないなと思っていました。結婚式と、自分のお葬式と。

ただ、自分のお葬式はたぶん自分にはわかりませんから、生きているうちに自分のためにわざわざ集まってくださる機会というのは、結婚式くらいかもしれません。だから、来てくださる方たちに、想いの込もったオリジナルのものをお渡ししたい。当時、そう考えてのことでした。

奥様の実家で飾られたままの湯呑み

それらは、いまだに僕の妻の実家では使われることなく飾ってあります。たくさん使ってくださって、なかには使っているうちに割れてしまったというご家庭もあったと聞きました。それはそれで、よかったのかもしれないなと、いまは思います。「せっかくいただいたものだから」「割れるともったいないから」と、棚に飾ったままほとんど使われていない、というのも、それはそれでひとつのかたちなのだと思います。

祖父母のタンスの奥から出てきた桐箱

それから少し後の話です。

祖父母が亡くなったあと、家を整理していたとき、タンスの奥のほうから、大きな桐箱に入った食器がいくつも出てきました。お皿の裏には、両家の名前が印字されていました。どなたかのご結婚の引き出物だったのだと思います。

昔は、それが普通だったのだと思います。お皿に両家の名前を入れてお贈りする。受け取られた方も、桐箱のまま大切にしまっておく。いまの感覚では、なかなか日常使いはできないお皿でしたが、それを開けながら、「贈り物のかたちというのは、時代によって、こんなにも違うのだな」と思いました。

食卓を囲むフルーツの様子

ギフトの本質は、相手の顔を想像する熱量だと思っている

かたちは変わっても、本質は変わらない

それは結局のところ、「相手の顔を想像する熱量」のようなものなのかなと。あの方は、こういうものを贈ったら喜んでくださるだろうか。重くないだろうか。日持ちは大丈夫だろうか。そういうことを考えている時間そのものが、もう贈り物の一部になっている気がします。

フルーツが内祝いに選ばれる理由

蝶結びをお選びくださる方が、なぜフルーツを内祝いに選ばれるのか。その理由を、自分なりに考えてみることがあります。

ひとつは、フルーツがご自身ではなかなか買わない、けれどいただくと嬉しいもののひとつだということ。それから、お酒は飲める方だけが嬉しい、お菓子は甘いものが好きな方だけが喜ぶ、というように偏りがちな贈り物のなかで、フルーツはご家族みんなを同じ食卓に集められる、数少ないジャンルなのかもしれないということ。

「形に残らないフルーツ」をどう届けるか

「形に残らないフルーツ」をどう届けるかを考えてきた結果として、いまの蝶結びがあります。フルーツは好きだけど、どんなフルーツが好きかまではわからない、というお相手もきっとおられる。そこまでは知らない、あるいは知る関係性ではない方も多いだろうな、と思って、ご自身の好きなタイミングで旬のフルーツを選んでいただける「フルーツギフトカード」もご用意しています。

贈り物のかたちは、ひとつではない

贈り物のかたちは、ひとつではないのだと思っています。昔から、お皿やタオルといった形に残るものを選ばれる方もいれば、お菓子や果物のような「消え物」を選ばれる方もいた。いまもそれは変わらず、形に残るものを大切に選ばれる方も、消え物を選ばれる方も、それぞれにいらっしゃいます。

ただ、消え物を選ぶことへの「ためらい」のようなものは、以前より少し薄くなってきているのかもしれません。「結婚式自体を挙げない方が増えてきた」「直接お会いしてお渡しする機会が減ってきた」といった暮らしの変化のなかで、贈り物の選択肢のひとつとして「消え物」が、以前よりも自然な顔をして並ぶようになってきた、という感覚が僕にはあります。

どちらが正しい、ということではないのだと思っています。

贈り物の本質は、相手の顔を想像する熱量だと思っています。「どんなものだったら喜んでもらえるかな」と考える時間そのものが、もう贈り物の一部になっている。

その熱量を届けるかたちは、ひとつではありません。形に残るものもよし、フルーツのような消え物もよし。それぞれの方が、それぞれのお相手のために選ばれる時間そのものが、もう贈り物の一部なのだと思います。

僕たちはそのお手伝いをする側として、これからも続けていこうと思っています。

→ 蝶結びのフルーツギフトカード一覧を見る


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フルーツギフト専門店「蝶結び」
代表 杉下 峻吾
百貨店フルーツ売場で8年の経験を経て、2020年に蝶結びを創業

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